おおきく振りかぶって 第2話おおきく振りかぶって動画はこちら 第2話 キャッチャーの役割 百枝はビルの窓拭きのバイトをしていた。 《やっぱり、ピッチングマシーンはなるべくいい物を買おう。スプリンクラーをケチってバットとメットを新調しよう。部費の20万はボールに充てて、後は車の維持とサプリメント…去年貯めた200万で何とかなるな。野球部の為に貯めたお金を野球部の為に使える幸せ!!》 『あ、あの…マ、マネジやりたいんですけど、お願いします!!』 《待望のマネージャーも入ったし》 「そんでもって、明日から合宿!!う~ん、楽しみ!!」 西浦高校野球部はGWを利用して合宿を行うことになった。 「やっべぇ、昨日オナニーするの忘れた!!」 力ずくで押さえられる田島。 「え?何か忘れ物?買える物なら今のうちに…」 「1週間も溜めたらチンコ破裂する」 「女、いんだから考えろよ」 「だってよ…」 「あいつってマジで強いシニアで4番打ってたの?」 「だよ。本人に確認したし」 「こないだの3打席勝負、田島を避けて俺と勝負したのは俺なら確実に勝てるからかな?」 「いや、まぁ、花井もいいセンスしてるって」 「フォローするつもりないよな…」 「阿部、三橋が酔っちゃったんだって。薬上げて様子見ててよ」 「え?俺っすか」 「先生は野球詳しくないけど、バッテリーは一心同体なんだろ?投手を介抱してやれよ」 「は、はぁ…」 《会って2週間の奴と一心同体なわけないだろ。つーか、三橋とそんな風に打ち解ける日が来るかな?》 合宿へ向かうバスの中、バス酔いした三橋を介抱する阿部。 「三橋、乗り物弱いなら乗る前に薬飲みなよ」 「ど、どうも。い、いつもはこんなんじゃ…」 「何?体調悪いの?」 「この頃眠れなくて…」 「何で?」 「監督に性格変えなきゃ投げさせないって言われたから、そのこと考えると…ぅ…ドキドキしちゃって…ぅ…っく…だから、そ、その…何とかしなきゃって…っく…だけど、その…」 《この性格が変わるわけねえ。でも、こいつがエース降ろされるのは俺も避けたい。何しろあれだけのコントロールを持ってて、しかも自己主張しないピッチャー。理想のエースだ。性格くらい目を瞑るさ》 《やっぱり阿部君も俺の性格嫌なんだ…。何とかしなくちゃ。ピッチャー降ろされちゃう》 百枝はマイカーで荷物を持って到着する。 「さ、着替えて掃除掃除。掃除が済んだら山菜摘んで来てね。夕食は自分らで作んだよ!!」 ようやく着いた合宿所はボロく、全て自分達で行うという自給自足の生活が待っていた。 それぞれ自分達で自分の仕事を見つける中、三橋だけ一人動くことができない。 「ここらで採れる山菜って何すか?」 「今だとゼンマイとフキノトウだね」 途中、皆で山菜取りに出かけるが、百枝から阿部と三橋は別メニューだと呼び出される。 「この辺りは村の所有林でね、森林ボランティアする代わりにグラウンド借りたのよ。明日から午前中は全員、山に入ってもらうからね。ところでさ、三橋君はマックス何キロなの?」 「え、えっと…101キロ…です」 「101キロ!?アハハハ…随分お粗末ね」 「三橋にはスピード不足を補うコントロールがあります」 《あ、阿部君、庇ってくれてる…///・◇・///》 「阿部君はさ、コントロールの良さの正体、気づいてるでしょ?」 「正体?」 「三橋君、この角材の上でワインドアップしてみてよ」 「ワインドアップ?」 角材の上に左足を乗せて、ボールを投げようとするがバランスが悪く倒れてしまう。 「お、おい、大丈夫か?」 「ギャハハハ…こりゃまたとびっきりの体幹だね。そんなグラグラの体幹でコントロールがいいわけないよね。コントロールは手でするんじゃないのよ。体でするの。あなたが弱い体幹にも関わらず、コントロールがいいのは全力投球してないからよ」 「し、してます」 「阿部君、座って。メットだけしてね。三橋君はこれ」 百枝から三橋はスピードガンを受け取り、百枝の投球のスピードを測る。 「ひゃ、122キロ!?」 「ちゃんと肩作ればもう2、3キロいくかな」 「す、す、凄い。はぁ、はぁ、早い」 「まぁまぁ、三橋君、私達そう体系変わらないよね。三橋君もこのくらいは出るよ」 「ほぇ」 「チッ」 「まずは全力投球を体験してもらおう」 百枝から錘を渡された三橋。 「それを持ったまま、いつも通りに投げてごらん。マウンド、行って」 「はい」 「球威をあげるのがいけないこと?」 「はぁ!?」 「コントロールと変化球だけで何回戦まで行けるの?」 「行けます。どこまででも」 「俺がリードしてやれば?」 「…!?」 「阿部君は捕手を分かっていないね」 「いきま~す」 錘を持ったまま三橋がボールを投げると、111キロになった。 「111!?」 「毛細血管の切れる感じ分かった?」 「切れてる、切れてる」 「これで分かったでしょ?将来的には130キロ台を投げられるよ」 「こんなノーコン使えねえよ!!」 「あ、阿部君!!お、俺、頑張るから。球威もコントロールもある投手に…」 「投げ分けられるのか!?9分割のストライクゾーンに投げられるわけないだろ!!こいつはこのままでいいんです。スピードは才能だけど、コントロールは努力です。こいつがどんだけ努力をしてきたか…あのコントロールがどれだけ貴重か監督も考えて下さいよ!!」 「体幹は鍛えてもいいでしょ?」 「そ、それは…」 「私は先に帰ります。三橋君はこれの上でワインドアップを出来るようになること。ボールは投げないでね。今日の分の投球はおしまい」 「もう?」 「あなたがどんな無茶な練習をしてきたかは私にも分かるわ。でもね、今まで肩や肘が無事だったのは全力投球してなかったからよ」 「そ、そうかも…だけど俺、投げないと」 「合宿末には三星学園と試合組めたし。電話したらレギュラーは無理だけど1年生とやらせてくれるって。あなたを嫌ってたチームメイトとね。私は宿舎に戻るから5時まで練習頑張ること。んじゃ」 百枝から角材を三橋は受け取っていた。 「練習試合…三星の皆と…皆に投げるんだ…pれがピッチャーとして…」 「三橋、さっきのことだけど、130キロじゃ速球派にはなれないよ。お前、自分の魅力分かってないよ。お前にスピードは関係ないって。ちゃんと俺が…」 「遅いままじゃ嫌だ」 「うぇっ?!」 「速い球投げたい」 「お前の為に言ってんのに。1回フォーム弄ったら元に戻らないぞ。コントロールの良さだってなくなるかもしんねえ!!」 三橋はワインドアップしてバランスをとる練習をしていた。 「シカトかよ」 《大人しそうにしてたってやっぱし投手だ。我が強くて傷つきやすい。チームメイトじゃなけりゃ絶対付き合わねえぞ。投手なんか嫌な奴ばっかだ》 山菜を皆で協力して天ぷらにしています。 「1個食っちゃおうっと」 田島の指が志賀に箸で摘まれる。 「つまみ食い禁止で」 「箸上手!!」 「お行儀の話じゃないんだ。皆も聞いてスポーツで重要な脳内ホルモンは3つあると俺は思ってんだよね。それがどんなホルモンなのか。1つ目は自分の将来の為に集中するホルモン!!きっと勝てる、きっと俺はやれる、っつう自分への期待。チャレンジな気持ちの時ね。脳内ではチロトロピンというホルモンが活躍してる!!」 「ち、チロ?」 「2つ目は現在だ。練習でも試合でも目の前のことにビッと集中してる時活躍してるホルモンがコルチコトロピンだ!!そして、3つ目は過去に集中してる時に活躍してるホルモン。今日もよく頑張ったって充実感、勝ち試合の時の満足感。こいつらのお陰で明日のやる気が生み出される。そんな幸せ噛みしめてる時に活躍してるのがドーパミンだ!!3つのホルモンが活躍していれば問題ない。が、実際はどうよ?負け試合の次の日はグラウンド行くのが嫌じゃないか?努力は才能に敵わないって自分に絶望したことはないか?やらなきゃならないメニューよりやりたいメニューを優先してないか?」 「そりゃそんな日もあるよ!!人間だもの。だからなんだよ」 「練習は量より質だ。質を上げるためには1人1人の意識が重要なのは分かるよね。やれると思えること、やると集中すること、やって良かったと満足すること、これは案外難しいよ。そうしろと言われてできるもんじゃない。但し、あるものに関しては3つとも凄く簡単にできるんだ。それが食事だ。食事の前、俺はこれを食べられるって期待する、食事中美味いと思っている時は食事に集中している、食べ終わってあ~美味かったって満足感を味わう。これでチロトロピン、コルチコトロピン、ドーパミン、全部活躍したよ。山菜摘みもつまみ食い禁止も食事に集中するための工夫なんだ。筋肉と同じく脳神経も鍛えられる。毎日3度、飯の時、こいつらを意識的に活躍させることで君らの脳は3つのホルモンが普段から活発に働く脳になる」 「えっと、つまり集中力が増したり…?」 「そう!!」 「こ、こ…」 「甲子園行こうぜ、マジで。行ける、行けるって」 「俺もこんな能天気なキャラになると!?」 「その通り!!いいかい、反射って言うのは1週間で作られる。反射ってのは梅干を見ると涎が出るってあれね」 「パブロフの犬みたいな?」 「そう、それが反射。さ、この合宿で君らの脳に飯を見るとホルモンが活発になるよう反射を作るよ」 テーブルには山菜の天ぷらやサラダ、卵焼き等が並ぶ。 「全員、食事を見て」 美味そうと皆で大合唱しています。 「いただきます」 これが合図となり、美味いと言いながらガツガツと食事を食べるのだった。 「なぁ、志賀って数学教師だよな?何なの?あの妙な知識。お前、あれ信用してる?」 「う~ん…」 「シガポはね、学校とか講演会とか行って色々勉強したっつってたよ」 「栄口なんで知ってるの?」 「あ、俺、春休み中練習来てたから、そん時聞いたのは…確かシガポがモモカンに監督頼んで、2人で野球部復活させたとかそーゆう話だったような…」 「謎といえば百枝も謎だよな」 「モモカンってバイト代、野球部につぎ込んでるらしい」 「うぉ、いい人だ」 「いや、ありがてえけど、若い女のとる行動としちゃちょっと異様だろ。なぁ、もしかしてさ志賀と百枝って付き合ってんのかな?」 「ところでさ、この部屋に全員寝るのは辛くね?」 「確かに…」 「さぁ、寝よ寝よ。皆、寝るぞ」 「先生!?」 「寝る時は前後関係なく今日良かったことを思い出しながら寝てね。ドーパミン働かせながら眠ることでより効果的な疲労回復が…」 「布団を人数分敷くスペースがありません」 「あ、そっか君達にはまだ分からないだろうけど、男女の間は寝てみて初めて深くなるんだよね。だから、毎日なるべく違う相手と一晩ずつ同じ布団で…」 志賀に枕を投げる花井。 だが、それを発端に枕投げが始まる。 三橋は眠れず、押入れの中で三角座りをしていた。 「三橋、疲れた?今日はそんなに体使ってないぞ。昨日はよく眠れた?」 「あ、あの…」 《眠れないなんてバレたら、また性格のこと言われちゃう》 「何?」 「だ、大丈夫です…」 グローブを磨いていた阿部。 《全く、投手って奴は…》 「三橋君どうだった?」 「言われた通りやってましたよ」 「そ。不思議なんだけどね、1チーム作ると放っといても1人、2人はいい子が入ってくるの。だけど、いい子が2人だけじゃ勝てない。周りと一緒じゃ勝てないのよ。田島君は間違いなくスターよ。素材の次元が違うし、荒川シーブリームスで4番を打ってた実績もある。それから花井君ね。あの子も大抵の学校じゃ1軍に入れる子だわ。その次が阿部君、あなたよ。あなたが3人目になってくれればうちは…」 「無理だと思います」 「何でよ?」 「言ったじゃないですか、俺は捕手を分かってないんでしょ?」 「これから分かるって」 「分かってないつもりはないです!!捕手にも色々なタイプがあるんです。俺と監督は目指すタイプが違うんじゃないすかね」 「そんな話してないよ」 「じゃ、何の話っすか!?意味分かんねえ!!」 百枝は阿部の手を強く握り締めた。 「大丈夫、分かるよ」 「…っ…」 「分かる!!」 「…――どうすりゃいいんすか?」 「私のしたこと、三橋君にしてごらん」 「するって今のを?」 「うん、してみて。色々なことが分かるよ」 皆が熟睡している中、三橋は眠れなかった。 《だ、駄目だ…明日も早いのに眠いのに眠れないよ…》 次回、「練習試合」 ジャンル別一覧
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